【国内旅行】2008年4月 西行物語と西国札所巡礼8日間(14/14)

【第8日】4月19日(土) 八条→京都南IC→北陸道→長浜IC→長浜(◆とらや食堂)→長浜港〜〜竹生島(弁天堂/石造五重塔/竹生島神社/西国三十番宝厳寺)〜〜長浜港→長浜IC→中央道→府中国立IC→国分寺(丸井)→小平(自宅)

 「新都ホテル・京都八条」の朝です。今日は最終日。朝食を食べずに、チェックアウト3泊。@¥15,800×3=¥47,400。スタート6:30。南へ下り「京都南インター」から名神高速に乗る、「米原」で「北陸道」に入り「長浜」ICで降り、駅前の「虎屋食堂」で朝食。100キロ1時間30分。妻は食欲がないので、一人前をシェア¥750。

 「長浜港公共駐車場」に車を駐め(3時間無料)。竹生島往復フェリー@¥2980×2。第1番船8:30出航。竹生島着9:00。(帰りは10:50発)竹生島入山料¥400×2。
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 ◎西国三十番 竹生島 宝厳寺
 近江国(滋賀県東浅井郡枇杷村) 第三十番 竹生島 宝厳寺(真言宗)
 聖武帝の勅を奉じ開基行基菩薩、天平三年の建立。竹生島の弁財天女、行基菩薩に告給はく「此島は八角水精輪南方補陀洛山観音の浄土に同じ、大悲の像を安置すべし」と、行基菩薩自ら一刀三礼して尊像を彫刻あって、衆生有縁の浄土となし給ふ。
【御本尊】千手千眼観世音菩薩 【御詠歌】つきもひも なみまにうかぶ ちくぶしま ふねにたからを つむこゝちして(御朱印帳より)
◎御朱印
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◎本堂(大弁財天堂):
 竹生島宝厳寺は、724年、聖武天皇が、夢枕に立った天照皇大神より「江州の湖中に小島がある。その島は弁才天の聖地であるから、寺院を建立せよ。すれば、国家泰平、五穀豊穣、万民豊楽となるであろう」というお告げを受け、僧行基を勅使としてつかわし、堂塔を開基させたのが始まりとされています。行基は、早速、弁才天像をご本尊として本堂に安置。翌年725年には観音堂建立を発案し、後年、その遺志を継いだ浅井の大領が千手千眼観世音菩薩像を安置しました。
 本尊の大弁才天は、江ノ島神社・宮島の厳島神社と並ぶ「日本三弁才天」の一つで、その中で最も古くに建立された弁才天です。そのため、宝厳寺のみ「大」の字をつけ、大弁才天と称することができます。
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◎瑞祥水:
 説明板の内容:
 瑞祥水の由来
 本日はようこそ竹生島宝厳寺のご参拝頂き誠にありがとうございます。
 この「瑞祥水」は御本尊大弁才天様の御託宣により平成十四年十一月に掘られた霊泉であります。
 折りしも、昭和六十二年頃よりの川鵜の異常繁殖によって緑樹は枯れ、山崖は崩れ、全島にわたって大きな被害を受けています。これによって山の保水能力が下がり、湧水が枯れ果て参詣の皆様・寺内関係者の飲料水はもとより環境衛生の確保も困難という事態になっていました。
 そんな折、夢枕にございましたのが、ここに井戸掘れとの御本尊様よりのお告げの声でありました。
 しかしながら、このような湖中の小島での井戸工事は前例が無く、また通常の井戸の観点より考えれば水が出る可能性は低いといわれています。更に一枚岩盤の島なので、その工事さえも困難が予測されるという悪条件での工事でしたが、約1年の工期をかけ井戸を掘ったところ、深さ230メートル(湖底下約 130m)より御本尊様の御託宣どおり清浄水が出たのであります。
 以来、ご参拝の皆様にお分けし、各方面より「おいしいお水です」「水によって健康になった」等のご報告を頂いております。
 ここに御参拝の皆々様の御健康をお祈りし、この瑞祥水を御飲用、又お持ち帰りくだされたく存じます。
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◎石造五重塔:重要文化財。
 説明板の内容:
 重要文化財 宝厳寺五重石塔の説明
 初重塔身の四方には四仏が配され、台石の格狭間の形や各重笠石の反りの形状などから鎌倉時代の特徴が見られます。
 五重石塔で重要文化財のを受けているものは、全国で七基しかなく、これはその一つです。
 石材は、比叡山中から採掘れる小松石によりつくられた造りの五重の塔です。
 秦雨による土砂崩れにより水没レ、未だ発見されていなめ、相輪の下部のみが後補のものとなっています。
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◎観音堂:重要文化財
 千手千眼観世音菩薩を納めた観音堂。西国三十三所の第三十番の札所で、奥の建物がそうです。入口に「唐門」が付いています(後述)。 このお堂は傾城地に建てられた掛造りで、皆様がお参りされておられる仏間は2階にあたります。注)納経所(御朱印)はべつに本堂脇にあります。
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◎唐門:国宝
「唐門」とは、唐破風をもつ門という意味です。この「唐門」は、秀吉を祀った京都東山の豊国廟に建っていた「極楽門」を豊臣秀頼の命により片桐且元を普請奉行として移築されたものです。移築の際、土地の条件から観音堂に接して建てられています。桧皮葺、建物全体を総黒漆塗りとした上に金鍍金の飾金具が散りばめられ、虹梁中央の蟇股の周囲には鳳凰や松・兎・牡丹の彫刻を、二枚の大きな桟唐戸や壁には牡丹唐草の彫刻を極彩色塗りとして飾っています。豪華絢爛と言われた桃山様式の「唐門」の代表的遺構です。(訪問当時は剥落が激しく、ほとんど色無し。その状況を見て頂くため写真にて表示:絵にしていない)
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 参考)修復後の唐門(2020年/令和2年)の現状写真。:
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◎舟廊下:重要文化財
 千手千眼観世音菩薩を納めた観音堂から都久夫須麻神社に続く渡廊・舟廊下。 舟廊下は朝鮮出兵のおりに秀吉公のご座船として作られた日本丸の船櫓(ふなやぐら)を利用して作られたところから、その名がついています。 これも唐門、お御堂と同時期に桃山様式で作られたものです。
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◎都久夫須麻神社(つくぶすまじんじゃ/竹生島神社):本殿国宝
 祭神は、市杵島比売命(いちきしまひめのみこと=弁財天)、宇賀福神(うがふくじん)、龍神(りゅうじん)、そして産土神の浅井比売命(あざいひめのみこと)の4柱です。浅井比売命は、浅井氏の氏神ともいわれ、琵琶湖の湖水を支配する神様です。
今から450年前、豊臣秀頼の寄進で、片桐且元(かたぎりかつもと)を普請奉行として伏見桃山城の日暮御殿(勅使殿)を移築したものです。国宝となっています。
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 平家物語にもでてくる「龍神拝所」からはかわらけ投げができます。

◎地面一杯の投げられた土器(かわらけ)
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◎龍神拝所のに掲げてある祝詞:
龍神祝詞(りゅうじんのりと)
高天原に坐し坐して天と地に御働きを現し給う
龍王は大宇宙根元の御祖の御使いにして
一切を産み一切を育て萬物を御支配あらせ給う
王神なれば一二三四五六七八九十の十種の
御寶を己がすがたと變じ給いし自在自由に
天界地界人界を治め給う龍王神なるを尊み
敬いて眞の六根一筋に御仕え申すことの由を
受引き給いて愚なる心の数々を戒め給いて
一切衆生の罪穢の衣を脱ぎ去らしめ給いて
萬物の病災をも立所に祓い清め給い萬世界も
御祖のもとに治めせしめ給へと祈願奉る
六根のうちに念じ申す
大願を成就なさしめ給へと恐み恐み白す
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◎蛇の像(祝詞の下のと対になっている)。
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◎日本五大弁財天:
 こんな所に五大弁財天の立て札が建っていました。
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 安芸国・厳島大神。大和国・天川大神。近江国:竹生島大神。相模国・江島大神。陸前国・黄金山大神(金華山)……とあります。
今回「天川(天河)」と「竹生島」にお詣りしました。厳島も江ノ島もお詣りしましたが、石巻にある「黄金山」だけはまだチャンスがありません。

 下へ降りて、船の発着場の広場に……
◎琵琶湖八景の碑:「深緑・竹生島の沈影」(竹生島の緑豊かな姿を示す)
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 琵琶湖八景(びわこはっけい):滋賀県,琵琶湖国定公園を代表する8つの景勝地。近江八景が江戸時代に選定されたが,湖南の地域に限定されていること,その後の変容が著しい地があることなどの理由から,1950年日本最初の国定公園指定後に新しく選定された。夕陽・瀬田石山の清流,煙雨・比叡の樹林,涼風・雄松崎の白汀,暁霧・海津大崎の岩礁,新雪・賤ヶ岳の大観,月明・彦根の古城,春色・安土八幡の水郷,深緑・竹生島の沈影の8景をいう。

 参考注)近江八景:石山秋月 [いしやま の しゅうげつ]、勢多(瀬田)夕照 [せた の せきしょう]、粟津晴嵐 [あわづ の せいらん]、矢橋帰帆 [やばせ の きはん]、三井晩鐘 [みい の ばんしょう]、唐崎夜雨 [からさき の やう]、堅田落雁 [かたた の らくがん]、比良暮雪 [ひら の ぼせつ]。

 もう一つ……
◎殺生禁断の碑:「當嶋水際八町殺生禁断也」
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 帰りの船は来るときのと違っていました。定刻10:50発、長浜港着11:20。
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 一路帰途につきます。途中「養老SA」で「たこ天/きんぴら天」¥620でお昼代わり。お土産に「赤福」¥1,000。途中トイレ休憩を挟んで、中央道「府中国立IC」で降りて、「国分寺丸井」でお総菜を買って、小平自宅で降ろして頂きました。18:30。ほあぐら夫妻は千駄ヶ谷の自宅へ……。ご苦労様、有難うございました。

 高速道路代¥25,280÷2。ガソリン代¥28,299÷2。駐車料¥2,300÷2、後日精算・合計¥27,940。


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