【海外旅行】2001年3月佐野氏同行ピレネーロマネスク15日間(10/13)

【第8日】3月31日(土)  ハカ 日の出  : 07:46 ハビエル 日の入り : 20:29 スペインペセタ=¥0.7 。フランススラン=¥18。

 「ハカ」の「コンデ・アズナル」の朝。MC:7:30。BF/BO:8:00。ホテル出発:8:45。今日は「アラゴン川」に沿って巡礼路を西へ走ります。

 ●「ハカ(アラゴン語:Chaca、スペイン語:Jaca)」は、スペイン・アラゴン州ウエスカ県のムニシピオ(基礎自治体)。フランスとの国境に近く、ピレネー山脈の山あいにある。2013年の人口は13,221人。ハカはフランスのポーとサラゴサからの中世からの主要街道の2本が交差する、アラゴン川の浅瀬にあり、アラゴン王国が築いた城塞都市である。1097年まではアラゴン王国の首都であった。(ウィキペディア)「サンチャゴ・デ・コンポーラ」への巡礼路の重要地点になっている。

 まず市内の●「カテドラル・サン・ペドロ(Catedral de San Pedro de Jaca)」。徒歩500メートル。

 教会は基礎部分がロマネスク期12世紀の平面だが,ボールトはゴシック期。その後も20世紀までかけて手が入れられている。西口のタンバンは、次に行く「サンタ・セロス」同様クリスムとライオンでアラゴ(アラゴン)方式。
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 南側のポーチ。
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 ポーチの柱頭彫刻。「イサクの犠牲」。
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 同、「バラムとロバ」。
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 南の入口。
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 付属の●「ハカ教区美術館(Museo Diocesano de Jaca)」。ここには近郊の教会から集めたロマネスク期のフレスコ壁画がある。また回廊から集められた柱頭も何点か殷示されている。

 写真は美術館入口に展示された「ハカ」から西50キロにある「ルエスタ(Ruesta)」の教会の後陣の壁画の一部。
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 キリスト磔刑木像。
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 この部屋は、西40キロにある「バグエス(Bagüés)」の教会の壁画です。
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 その一部拡大。
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 他の壁画。
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 「三博士奉献」と「エジプトへの逃避」。
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 ホテルに戻り、バスで出発。西へ16キロ。●「サンタ・マリア・デ・サンタ・クルス・デ・ラ・セロス(Sta. Maria de Sta. Cruz de la Scrós)」。
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 「サンタ・クルス」はフランス語では「サント・クロワ」(オロロン同様),「聖十字架」と訳されている。その名の谷奥.同名の集落に「サンタ・マリア教会」が残されている。女子修道院だった跡は残されていない。アプローチから全体が丸見えということもあるだろうが,外観はどこかずんぐりとして.スマートというわけではない。(佐野氏の解説)
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 西正面のタンパンはアラゴ独特のスタイル「クリスムを両側からはさむライオン」という図を踏襲している。写真はウィキメディア・コモンズ:File:Santa Cruz de la Serós Santa María 342.jpgを借用。
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 南入り口のタンパンは, 6つのドーナツを配したような,不思議な造作。写真はウィキメディア・コモンズ:File:Santa Cruz de la Serós Santa María Südportal 356.jpgを借用。
331Santa_Cruz_de_la_Serós_Santa_María_Südportal_356 のコピー.jpg

 ●「サン・カプラシオ・デ・サンタ・クルス・デ・ラ・セロス(St. Caprasio)」がすぐそばにあります。11世紀のロマネスク建築。
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 「セロス」から更に山路を辿って7キロ、12分。挿絵は「グーグルマップ・ストリートビュー」を元に絵にしました。
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 ●「サン・ファン・デラ・ペーニャ(St. Juan de la Peña)/岩の聖ヨハネ教会」。 

 ベーニャという名前のとおり,巨大な岩陰に建つが,歴代アラゴ王(ナパラ国8代目 サンチョ3世大王(1000~1035)のあと,長男のガルシアがナバラを,次男のフェルナンドがレオン・カステイヤを, 3 男のラミロがアラゴをそれぞれ継いだ。後の2者はそのとき以来それぞれ王国を名乗ったため,アラゴ国も成立した)の菩提寺であることから、ひっそりというよりは,案外豪勢なたたずまいとなっている。ナバラ国 4代王のサンチョ・ガルーセス1 世(905~926 年)の922 年ころの建造とされる。(佐野氏の解説)

 上下2層の構造をもつ建造物。10 世紀ころからの建造の下部には,会議室とされるスペースと教会がある。写真は下の教会。
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 回廊。ベーニャのメストレの作品が柱頭を飾っている。四角ばった頗,大きい手,が特徴とされる。練達の師匠という雰囲気ではないだろうか。主題とその表現がいかにも王道ロマネスク的な柱頭群となっている。(佐野氏の解説)
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 回廊の柱頭。「キリストのエルサレム入城」。
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 回廊の柱頭。「カインのアベル殺し」。
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 回廊の柱頭。「ヨセフへのお告げ」。
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 回廊の柱頭。「キリストのマグダラのマリアへの出現」。
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 この日つづく……

この記事へのコメント

2023年05月10日 02:54
コトタマ