【海外旅行】1980年〜81年スペイン・ナバラ・ロマネスク紀行(10)

【第6日】1981年1月1日(木) レート:¥2.7/PTS(スペインペセタ)

 「ソス・デル・レイ・カトリコ(SOS DEL REY CATOLICO)」の「パラドール」で元旦を迎えました。特にイベント無し。9:50チェックアウト出発。

 ……北へ11キロ。11:00。「「サングエッサ(SANGUESA)」の南にある「サン・アドリアン教会(Iglesia de San Adrián)」。小さな単一身廊のロマネスク教会です。身廊の西端には四角い鐘楼、南側に扉口。
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 東端の祭室側からの外観。
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 南扉口。
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 扉口東側の柱頭「髭男の顔と力強い葉模様」。
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 軒持送り「ハート(女性?)」「樽?を持つ老人」「キツネ?」等など……
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 少し北へ走ると、大きい「サングエッサ」の町の標識。
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 市の紋章とモットー「 la que nunca faltó 」とある。帰国後調べたが、よく判らない。「決して失敗しない人(モノ/者)」「見逃さなかっ人(モノ/者)」というような意味らしい。調べて見ると、ここは「ナバラ」と「アラゴン」の境界にある町、「ナバラ」側です。中世13世紀から15世紀にかけて、両者の間にいろいろ争いがあり、結局妥協の産物として「アラゴン(赤い縦縞)」を半分入れた町の紋章とも関係あるようですが……。

 2キロほどでサングエッサ中央の「サンタ・マリア・ラ・レアル教会(IGLESIA SANTA MARIA LA REAL)」。建築は、ロマネスクとゴシックの間の過渡期のスタイルを表しています。
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 元日のミサに人々が教会へ……
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 ベレー帽を被っている人が多い。

 注)ベレー帽は、軟らかく丸くて平らな、鍔や縁のない帽子である。ウールフェルト製が多いが、様々な素材で作られる。フランス・スペイン国境のバスク地方が発祥の地とされる。
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●バスク語・バスク人・バスク人地方について……
 ピレネー山脈(国境)をまたいで、大西洋ビスケー湾に面した、スペイン側とフランス側に住む少数民族。地域はスペイン側にはバスク州の3県とナバーラ州の計4領域があり、フランス側にはフランス領バスクの3領域がある。
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 バスク州に約210万人(約70%)、ナファロア州(ナバラ州)に約60万人(約20%)、フランス領バスクに約30万人(約10%)が住む。

 中世にはガスコーニュ公国・ナバラ王国などの統一的な国が栄えたが、16世紀ごろにはフランスとスペインに分割・編入された。その後も特にスペイン側で独立志向が強い。

 有名なピカソの絵「ゲルニカ」はスペインバスクにある都市。

 バスク語は、バスク地方を中心に分布する孤立した言語で、おもにバスク人によって話されている。スペインのバスク州全域とナバラ州の一部ではスペイン語とともに公用語とされている。2006年現在、約66万5800人の話者がバスク地方に居住し、すべてスペイン語またはフランス語とのバイリンガルである。(ウィキペディア)
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 正面扉口の彫刻が圧巻。
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 「タンパン」。上部は、楽を奏でる天使たちに囲まれた父なる神が(向かって左側・天国)選ばれた人々を迎え入れ、左腕は下に下ろして、(右側・地獄)見放した人々を圧しつぶしている。下部中央には、聖母子像。それを囲んで十二使徒。
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この日つづく……

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