【写仏】羅漢と双体道祖神

 私の長兄が京都在住の折り、1981年~82年、京都清滝にある愛宕念仏寺で西村公朝師指導の下「素人による石造羅漢彫り」に参加して造り上げた「羅漢さま」があります。聞くところでは「30cm×30cm×60cm」の大谷石の石材から、毎週かよって半年がかりで二体彫り上げたということです。
参照)このブログ、2016年09月09日【「長兄の羅漢像彫刻」のこと】

 一体は自分が「機械設計師」なのでコンパスと三角定規をあしらった姿。もう一体は若くして亡くなった弟の幼時の姿を写したもののようです。
長兄羅漢I .jpg

長兄羅漢2.jpg

 私が、1983年3月19日に「愛宕念仏寺」に参拝して、撮影した写真をベースにしました。

 注)当初は五百羅漢ということで、500体の予定だったそうですが、10年間で1,200体になり、1991年 愛宕念仏寺「千二百羅漢落慶法要」が行われました。勿論いまも苔むして境内を埋め尽くすようにあるようです。
愛宕念仏寺.jpg

 「双体道祖神」は信州と上州に多くあります。「ほあぐら/とりゅふ夫妻」と1978年(昭和53年)3月18日〜19日、群馬県東吾妻町にある、浅間隠温泉郷のひとつ、鳩の湯温泉「三鳩樓(さんきゅうろう)」に泊まって、近くの「道祖神巡り」をしたのが最初で……。週末を利用して温泉と道祖神巡りを、記録を調べると、19回もご一緒しているのです。出会った道祖神の数は。300体を超えると思います。

 「道祖神」はそんなに古いモノでなく江戸期のものがほとんどで、明治から昭和のモノもあったように記憶します。多くは野ざらしなので、摩耗が激しいので、細部が明瞭でありませんので、「写仏」線書きが難しいのですが、写真を繰って取り敢えず6点ばかり作画しました。(この頃写真を撮る前に水を掛けると輪郭がハッキリするのでそんな工夫も試みたのを思い出します)

 最初の旅の道祖神・群馬県東吾妻町の矢久にあるモノ。
矢久道祖神.jpg

 「ほあぐら」さんのサイトから、コピーしました。http://www5e.biglobe.ne.jp/~truffe/joshu.htm
 以下ほあぐらさんの記述。(M夫妻は私達のこと)
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 親友のM夫妻と始めた双体道祖神探訪の旅の第一回目は、上州榛名山の西側、吾妻町の旧坂上村を流れる温川と今川という二本の川の流域に点在する山里一帯であった。温川上流の鳩ノ湯温泉三鳩楼での宿泊も忘れ得ぬ思い出となっている。昭和53年(1978)3月のことで、なんと40年以上前のことだ。

 この里は温川のかなり上流で、鳩ノ湯の浅間隠温泉郷からは至近である。破風の付いた立派な彫りの双体道祖神で、この旅では最も印象に残った像の一つである。春まだ浅い草むらに、数体の馬頭観音像と並んで立っていた。頬を軽く寄せ合い、手を握り合って優しく寄り添う姿は、初めて見る双体道祖神に対する新鮮な感動を私達に与えたのだった。

 それ以後今日まで、上州・信濃・甲斐に分布する道祖神のほとんどを見て歩くこととなる、大きなきっかけとなった重要な道祖神である。明和六年(1769)という銘が見える 。
-----------引用終わり---------------------

 群馬県の「法師温泉」の近く「新治村手道」にある「祝言像」。瓢箪のような「徳利」を持つ姫神と「盃」を持った男神。
 
法師温泉1.jpg

 長野県松本市島立町村にある「肩抱き祝言像」。提子(ひさげ)を持つ姫神と盃を持った男神。彩色されています。多分毎年1月15日の小正月が「道祖神祭り」の日なので、その直前に塗り替えられるようで、年によって色目が変わります。日にちが経つと、雨などで顔料が流れていることがあります。「天保十三年(1842年)壬寅三月十二日」の刻銘があり、「藤森吉弥」と「重森文四郎」の石工の名前も刻まれている。藤森吉弥は高遠の石工で、多くの名作を残している。
島立町村.jpg

島立色比較.jpg

 長野県上田市野倉にある「肩抱き握手像」です。信州のモノはこのように丸く掘り抜いた形が多いです。
上田野倉.jpg

 長野県茅野市北大塩にある「接吻像」。いろんな形態がある中で、露わな性行為を示したものもありますが、この接吻像はそれ程嫌らしさを感じないものです。やや稚拙な表現がおかしみをもたらしているのでしょう。足の交差にはちょっとドキッとします。
接吻.jpg

 締めくくりは、長野県塩尻市近くの山形村小坂・殿にある「筒井筒像」。「肩抱き握手像」ですが、このように寄り添う姿がいかにも「幼なじみ」のように見えるので「筒井筒(つついづつ)」の名が付けられています。単純化された姿は、えもいわれぬ雰囲気を醸し出しています。ホスターにもよく使われている名品です。寛政八年 (1796年)の作。
小坂殿.jpg

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